タイトルほど恐ろしさはない爽やかファンタジー『この本を盗む者は』深緑野分

 深緑野分の長編小説。本が盗まれると発動される呪いの世界で主人公が犯人を捕まえるファンタジー。タイトルからドロドロした話を期待していたのだが、おどろおどろしい要素はほとんど無し。ミステリというほどちゃんとした犯人探しではなく、主人公がうーんと頭を悩ませれば自然と解決に向かってしまう。また発動した呪いの世界がカラフルな描写なので子供向けにした方が良いような気もする。余計なお世話だが、これまでの作品との趣の違いに面食らった読者からの提案である。
 物語の鍵は、読書の喜びをあまねく人々と分かち合いたい気持ちから蔵書を公開していた曾祖父と、本との関係は己一人で独占したい気持ちから(盗まれたというのもあったが)その公開を取り止めた祖母にあった。ただ図書館もインターネットもある現代において、本というのは基本的にはたくさん出版されるものであって、シェアしたければもう一冊手に入れればよく、独占したければ勝手にそうすればよい。稀覯本についてはその限りではないし、そもそも本が貴重なものだったから分かち合いたい独占したいという気持ちも生まれるのだろうけども、現代においてはどちらの信念も説得力に欠けるような気がしないでもない。いっそのこと設定を100年前にするとか。無責任な読者からの提案である。

 

この本を盗む者は

この本を盗む者は

  • 作者:深緑 野分
  • 発売日: 2020/10/08
  • メディア: 単行本