夏の終わりの体調管理。

家の裏。

 日本から戻ってバタバタしているうちに8月が終わってしまった。今回は日本で大学に行き始めた長女も夏休みを利用して一緒に帰ってきた。6月の終わりから続く家族勢揃い。しかしその娘も8月が終わる前に日本に帰り、途端に家の中は静かになってしまった。夏休みの終了。

 途端に私も疲れがたまったのか久しぶりに腰が痛くなり、さらに先週末は右耳が腫れて熱を出してしまった。2日ほど寝ていたら熱は下がり、腰痛もおさまり、昨日からは耳の腫れも引いてきた。来週からは日本人スタッフが1人、休暇で日本に帰るのでだが、その期間中に届く荷物が大量にあるのでこれを(ほとんど)一人でさばかなければならない。その前に体調が良くなりそうなのは良かったが、また悪化させないように気をつけないといけない。

 ちなみにこの夏も病院ばかり行っていたような気がする。用事の合間に通院。病院の合間に遊びに行く。急に咳が出たので呼吸器の病院にも行った。呼吸器の検査をして、お医者さんが説明してくれたのだが、数値が0から50まであって、数字が大きいと悪いとのこと。私の数値は?と聞くと、看護師さんが「ななじゅうごーでーす!」と院内に響き渡る大声で叫んでくれた。おかげでよく聞こえました。悪い結果!と思ったが、お医者さんによると、以前同じ検査を受けた時は150だったので、良くなっているとのこと。喜んでいいのかな。

 あと、ここ数年で右目の下にほくろができて順調に大きくなっていたので、えいやという気合で形成外科へ飛び込んだ。切ってもらったのは良いのだが、手術前に受けた検査の結果が良くないという。曰くC型肝炎の疑いがあるので、できるだけ早く消化器内科の診察を受けろと言われた。C型肝炎ウイルスの抗体がある、これはつまりウイルスがいるのではないか!?ということだった。

 そんな怖いこと言われたら行くしかない。すぐに消化器内科を探し、そこでまた検査。先生曰く、C型肝炎は薬で99%くらいは治るが治療薬が何百万円もするとか、市役所に行って相談して来いとか、これまたいろいろと脅かすようなことを言われて検査結果が出るまでハラハラさせられた。しかし検査結果はなんともないとのことだった。肩透かしを食らったようなものだったが、治療にお金のかかる病気でないことがわかったので、呼吸器の検査の数値が悪いことくらいなんでもないと思うことにして、体調を整えよう。

 

南の島でえらい人が亡くなった話。

黒い布が巻かれ、葬式仕様のヤシの木。

 南の島はいまだに酋長制度というものがある。酋長という言い方が悪ければ伝統的首長でもいいが、南の島には酋長の方がふさわしい気がする。ちなみに彼らの言葉でその単語はあるけども神様とほとんど同じ、ただ英訳すればキングのようなので要するに王様である。その中でも特にえらい人が先日入院先の台湾の病院で亡くなって、近日中に島に戻ってくるという話を聞いた。国会議員をやっていた人であり、米軍に土地を貸していたので毎年億単位のお金をもらっている(らしい)人であり、血筋的には大統領になってもおかしくない人だった。

 こちらの人は葬式を盛大にやるのが常なので、王様のお葬式ならさぞたくさん人が集まって大変な混雑になるだろうと噂されていた。飛行機もグアムから来るとかハワイから来るとか、予定されていた飛行機がキャンセルになったとかいろいろ言われていたが、今日早朝に台湾から特別便で島に戻ってきた。そして午前中にお葬式がとりおこなわれ、午後にはすぐまた離島へご出発。ちょうどお昼休みから会社に戻るときにこの葬列とすれ違った。この大酋長と私はほとんど面識はないのだが、「ハワイで買うより国内のビジネスから買うべき」と、うちで大きな買い物をしてくれたりしたので、ちょっと感謝はしているのだった。

赤と黒で飾り立てた家。

 島の人たちは道路を飾り立てたり飾り立てなかったり、黒い服を着て日陰に集まり葬列を待っていたり、思い思いに見送る準備をしているようだった。住んでる場所や島によっては関係のない人もいるということだったが、関係ある人であっても、強制されたわけでもないのにそういうことをする人がいるということは、それなりに尊敬の念を抱かれている人であり立場だったのだろう。彼の家のファミリーカラーが赤ということで、沿道には赤い花を飾っている家が多かった。

よく見ると木陰に葬列待ちの人が。

 

とはいふもののお前ではなし『百鬼園先生言行録』内田百閒

 内田百閒の随筆集。自分の随筆のタイトルに先生をつけるか?という疑問があるが、まあ内田百閒ならやりかねないので良いのかな。特に面白かったのは「正直の徳に就いて」「列車食堂の為に弁ず」「お前ではなし」。

 「お前ではなし」については他の随筆でも読んだ気がするが、太田蜀山人の『世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし』と、それをもじった『世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし』を紙に書いて玄関に貼っておいたという話。その紙がよく剥がされたので何度も貼り直した、ということも含めて面白い。

百鬼園先生言行録 (福武文庫 う 103)

百鬼園先生言行録 (福武文庫 う 103)

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『平気でうそをつく人たち』M・スコット・ペック

 当人はどうやら本気で悪気なく他人に悪影響を与え迷惑をかける「邪悪」な人たちについて、心理学的な療法士?の著者が、まとめた本。たしかにそういう人はたまにいて、そういう様子を指すのに適当な言葉はないが、邪悪というのも言い過ぎなように思えないでもない。ただ例に挙げられるのは著者の療法士人生でもよりすぐり、邪悪の名に恥じない患者たちのラインナップとなっている。

 個人的には兄(長男)を拳銃自殺でなくした息子(次男)を心配する両親、名前は忘れたがこいつがなかなかパンチが効いていて、著者のいう邪悪を理解するのにちょうど良かったと思う。彼らは息子を心配する体を装いつつ著者の元を訪れたのだが、息子へのプレゼントが長男が自殺に使用した拳銃だったというから驚く。その理由がまたサイコな感じなので、理由を知りたい向きは本書を読んでみると良いかもしれない。

 後半は心理学的な話が増えて失速した感があったが全体に面白かった。邪悪(evil)は生きること(live)の逆、というのもわかりやすい。おすすめ。

 

偽札疑惑の紙幣をAIに鑑定してもらった話。

 あまり見慣れないお客が来店し、レジでお金を払う時になにかをしゃべってるのが聞こえた。外国人は陽気な人が多いので、レジの女の子が相手にしてもしなくても、かまわずにべらべらとよくしゃべる人も珍しくない。今回のお客さんもそのような人らしく、釣銭がどうのこうのという話をしていた様子だった。

 しばらくすると経理のCさんが私のところに1ドル札を持ってきて、「これ偽札らしいですよ!」と言う。さっきのお客さんが、これはよその店でお釣りとしてもらったが偽札だから、とくれたらしい。

実際の紙幣。確かに普通の1ドルとは違う様子だが。

 確かに見た目が通常の1ドル札とどこか違うような気がするが、1ドル札の偽札って効率悪くないだろうか。私なら20ドルとか50ドルとか作って効率良く稼ごうと考えるだろうけど、世の悪い人はそうでもないのか。ワシントンの肖像を見つめても何も教えてくれないので、とりあえずAIに聞いてみると「あるにはあるが、珍しい」という回答だった。ついでに「偽札の見分け方を教えましょうか?」とのことだったので、前掲の写真をAIに読み込ませてみた。

 すると「なるほど、これは「ただの古いお札」ではなくて 1ドル銀券(Silver Certificate) ですね。普通の連邦準備券(Federal Reserve Note)とは違って、当時は「銀と交換できる証書」として発行されていました。青いシールがその証拠で、コレクターの世界ではちょっとした人気があります。」とのこと。確かによく見ると中央下のONE DOLLARの下に小さくIN SILVER PAYABLE TO THE BEARER ON DEMANDと書いてあった。ワシントンの肖像の右側にはSeries1935Gとあり、これは1950年代の印刷ということになるらしい。

 ちなみに美品でもないので価値としては1.5~5.0ドルと大したことはないようなので、濡れ手に粟というわけにはいかなかった。しかし、柳の下のドジョウならぬ南の島の1ドル銀券ということで、もしかしたら似たようなのがまだ市場にないとも限らないので、「これは偽札かもしれないから、また見つけたら私のところに持ってくるように」とレジの女の子には言っておいた。これでたくさん集まったら売りに行こうかな。