RIP外山滋比古『思考の整理学』

 外山滋比古が亡くなったので、追悼第一弾として『思考の整理学』を久しぶりに読んだ。ちょうど先日のシン・ニホンに書かれていたようなことが書いてあった。自分の頭で考えることの重要性である。30年以上前に書かれた本が今でも通用するというか、今こその内容である。30年たっても内容が古びないということは、それだけ本当のことなんだろう。すごいなー(語彙不足)。

 本書では、他に引っ張ってもらって飛ぶことができるグライダー型と、自分で飛ぶことができる飛行機型、二つのタイプがあり、前者が多いけど後者ももっと必要よね、と述べている。自分に引き比べて考えてみると、どちらかと言えばグライダー型であると思われる。というかグライダー型でいたい。他人の決めたフォーマットの中で、スキをついて良い結果を出したい。ルールなりフォーマットに文句を言っていたい。ただ実際には状況がそれを許さず、いろいろと自分でやらなければならないことが多い。現実は厳しいのである。それで少しは飛行機型になって飛べていればいいのだけども、実際はどうなんでしょうね。自分の評価は難しい。 

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

 

 

グランド・フィナーレ

監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ(2015 伊=仏=英=瑞)
出演:マイケル・ケインハーヴェイ・カイテルレイチェル・ワイズポール・ダノジェーン・フォンダ

80歳になり現役を退いたイギリス人作曲家フレッド(マイケル・ケイン)は、親友の映画監督ミック(ハーヴェイ・カイテル)と共にアルプスの高級ホテルで休暇を満喫していた。ある日、エリザベス女王の使者という男が彼を訪ね、フレッドの代表作を女王のために演奏してほしいと依頼する。ある理由からそれを断ったフレッドだったが、ホテルの滞在客との交流を通し心境に変化が起き……。(Yahoo!映画より)

 功成り名を遂げた人々が集まる高級リゾート、と聞けば華やかなイメージだが、滞在客がひたすら静かに過ごす姿は、若い人がいなければ老人ホームと間違えるほど活気がない。否定的に描いているようにすら見える。また各人優雅に過ごしているように見えてその実それぞれ事情を抱えているのは世の常である。リゾートでの出来事や出会いを経て、それぞれの解決に至る過程が描かれる。

 主人公フレッドの場合は名曲を残した作曲家ということで世に名が知れ渡っている。しかしその名曲の演奏依頼をかたくなに断っている。女王陛下からの依頼ですら断っている。イギリス訛りの強い儀典局の役人も子供のお使いになってしまいかわいそうなくらいである。ただそれにはちゃんと理由がある。その明かされない理由が明かされるまでで一つのドラマとなる。その理由がまた傍から見ていてはわからないところがなんというかリアルな感じで良い。

 中盤あたりから静かなリゾートに様々な出来事が起こり、それにより滞在客たちも様々な反応を見せる。そして人生は続く(続かない人もいる)。ゆったり進行した前半に比べると後半の展開は急ぎ過ぎ、詰め込み過ぎなようにも思えた。

 リゾートにはマラドーナも滞在していて彼のくだりもあった。これを削ればもう少し詰め込まなくても良かったのではとも思えるが、監督はナポリの出身だそうなのでこれは仕方がないか。 

グランドフィナーレ(字幕版)

グランドフィナーレ(字幕版)

  • 発売日: 2016/10/26
  • メディア: Prime Video
 

 

ちょっと運動しようとしたら脱水症状を起こした話。

今週のお題「怖い話」
 ちょうど今日、怖い体験をした。
 今日はお昼のほかに従業員からドーナツを2個もらい、おやつにドンタコスを食べ、さらにスコーンを一つと食べ過ぎていたので、家に帰ってから運動をしようと家の周りをぐるぐる歩いていた。1周150mくらいを6週回ったところでお腹が痛くなった。頑張って歩き続けてみたが腹痛は収まるどころか勢いを増していたのでウォーキングを中断してトイレに入った。
トイレに入ったところで目が回りだし、全身からすごい汗。はじめは酸欠かと思い深呼吸したりしていたが、状況は変わらず。むしろお腹は痛いしめまいというか体中が言うことを聞かない感じ。意識が朦朧としながらようやく「あ、これヤバイやつだ。」と気づいた。過去の経験では、このままだと気絶+失禁のコンボを達成(24年振り2回目)してしまう。
 そんなどこかの地方の商業高校みたいな実績を重ねたくはなかったので、やむなくトイレの中から救助を求めた。たぶん脱水症状だと思ったので、とりあえず水をもらい、便座に座ったまま水を一杯。便座に座ったまま飲み物をいただくのはこれが生涯初めてである。
 さらにお水をもう一杯。これでだいぶ目眩はだいぶおさまったが手の震えというか、ビリビリがおさまらない。外からは気遣ってくれる声が聞こえ、大丈夫、よくなった、と答えながら今しばらく回復を待つ。ちなみに当然ながらこの間全て便座に座った状態である。着ている服は汗でびっしょり。
 便座に座って耐えること約10分、ようやく立ち上がる気になったのでトイレを済ませて外に出ることができた。コータローからは「パパは結婚していてよかったねえ」と言われる。うるせえ。でもまあたしかにその通りではある。
 その後涼しい部屋で水分を補給しながら横になり、現在に至る。今はもう通常運転。熱中症だったんだろうか。怖いわー。

現代民話考<10> 狼・山犬・猫

 松谷美代子によって集められた明治以降の民話集その10。今回のテーマは狼・山犬、猫。

 最近の日本で狼と言ってもウルフ千代の富士貢くらいしか思いつかないが、明治頃まではあちこちにいたらしい。東京でも稲城や府中、檜原村、私のお膝元である中野区などの話が載っている。

 面白かったのは、村人が、狼のアゴに刺さった骨を抜いたら送り迎えをしてくれるようになった上に、山中の狼を呼んで村人に挨拶をさせたという『千匹狼』。それだけで映画になりそうな話である。 

現代民話考 10 狼・山犬・猫

現代民話考 10 狼・山犬・猫

 

 

シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成

 全日本から別れたプロレス団体の40年の軌跡。ではなく、ここ20年ばかり停滞している日本を立て直すためのアイディアの本。
 人工知能の活用、女性や高齢者を労働力として生かすための働き方の改善、労働の生産性を上げることなどによりこれまでの遅れを取り戻すことができる、という説得力のある話。いかに日本の教育と多くの会社が時代に即していないか、著者が挙げるデータを見るとよくわかる。教育は詰め込みでなく創造する能力を育て、労働は時間を稼ぐのではなく生産性で勝負する。これらができれば遅れを取り戻すことが可能としているが、どちらも評価が難しそうで、教育する側、会社側の負担が大きいから簡単ではない。簡単ではないから今までやってこなかったのだろうけども、そういうことを言ってる場合ではないのである。
 著者が日本について嘆くことの一つに理系知識のある人の少なさも挙げられており、早急に改善されるべき点の一つとしている。AIを扱うにあたっての基礎知識(リテラシー)がないことにはAIを利用して国力を上げることは叶わないというわけだ。
 リテラシーと言えば、このところ社会や技術にこのリテラシーが追いついていないと思うことが少なくない。プリウスの事故やバカッター騒動など例を挙げれば枚挙に暇がないが、その原因は貧富の二極化に伴うバカの増加ということもあるだろうし、無責任なメディアということもあるだろうけども、新しい物を使うにあたりその扱い方を学ばないから問題が起こるというのもその一つではないだろうか。
 それから言及されていなかったが、日本の生産性の低さは人口の増加に伴う雇用増を目的にしていたことにも由来すると思うので、今後人口が減っていくにあたり仕事を効率的にしていくことは可能だし理にかなっている。政府もこういった問題点に気づいてないわけではないようなので、将来を見据えた政治運営資金運用をしてもらいたいものである。