漂流記の魅力

吉村昭の新書。漂流記とは、主に江戸時代に盛んだった船による運搬につきものの漂流についての記録である。多くは帰還者からの聞き書きが多いらしい。本のタイトルからして漂流記全般について語るのかと思いきや、2章以降は江戸時代、若宮丸が漂流してロシアに渡り、帰国するまでの記録になっている。江戸時代の日本人が見た異文化の記録としても興味深い。
当時船が遭難した時の手順というのは決まっていたらしく、まず①一同で丁髷を切って神様にお祈り、それでもダメなら②荷物を捨てる。最後の手段は③帆柱を切る。③により操縦不能となるが、帆柱は重く大きいので風や波の影響を大きく受けるとの由。つまり帆柱を切るという行為は眼前の死を避けるためとはいえ、助かった後の漂流が約束されてしまう選択であるわけで、そんな決断をしなければならない状況は考えるだに恐ろしい。
ちなみに人間が荒れた海に敵わないのは現在も同じで、マーシャルでも年に1~2隻、行方不明になるボートはある。1か月くらいかかって帰ってこれた人もいたかな。何年か前に、メキシコから流れ着いたと自称する人もいた。この人の場合はあまり日焼けしてないので漂流自体が怪しまれ、近海で麻薬の受け渡しをしていて海に落ちたんではないかとの噂もあったが、真偽は不明のままメキシコへ送還されていった。
閑話休題。若宮丸の人たちは一部は途中で命を落としたり、現地で妻を見つけてロシア正教に改宗してロシアに残ったりで日本に戻ったのは4人だけだったが、その4人も長崎につくなり牢屋に入れられ、放置される。これがつらい。取り調べを受けてさっさと故郷に戻りたいところだが、幕府は幕府で、開港を望むロシア側の取引条件にされては困るから、ロシア船がいる間は彼らに触れず放置。帰国早々のこの日本的対応を受け、4人は体調を崩し、さらにうち一人は気がふれて自傷に至ってしまう。政府の対応もわからないではないのがまたつらいところである。
結局4人が故郷戻れたのは取り調べが済み、江戸でまた聴取を受けた後、長崎についてから1年半後のことだったらしい。自傷した一人は故郷について間もなく死去。まったくロマンがあると一口で済ませることのできない話である。
漂流記の魅力 (新潮新書)

漂流記の魅力 (新潮新書)

  • 作者:吉村 昭
  • 発売日: 2003/04/10
  • メディア: 新書