『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹

 新作が出ると聞いて、そういえば買ってあった村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ。今回の作品は友達の輪から外された主人公が立ち直る過程で出来事の真相を究明しようとする、珍しくミステリ要素のあるお話であった。ただそれはミステリ要素があるだけでミステリではないので、なんとなくオカルトな要素の残る解決、というかつまるところ解決はしないのでミステリとは言えないか。

 村上春樹の小説は好き嫌いが分かれると言っていい。主にその外国語を翻訳したような文体と相まって、やたらとパスタをゆでたりセックスしたりする登場人物は読者にきざな印象を与えがちである。かくいう私もあまり好みではなかったのでよくわかるのだが、よく考えればパスタをゆでたりセックスをしたりするのは普通の人の普通の行動なので、そこにいちいち腹を立てなくてもよさそうなものである。それが気になってしまうのは隠しておいてほしいからであり、隠しておいて良いところを明らかにし、(話の上で)明らかにしてほしいところを隠しておく作者への苛立ちというのはある。ただしそこさえ我慢しておけば、もしくは慣れてしまえば、物語も表現もこちらの気をとらえて離さないようなところがあるので楽しめるはず。と思う。

 それから他に良い点というか読んでしまう点の一つに地名がはっきり出ていることがあって、今回は名古屋、東京、フィンランド、あと浜名湖も出ていたか。新宿駅とか出てくると、親近感を覚える人も多いのではないだろうか。わりと(日本での)私と行動範囲が近いので想像しやすいのも楽しくて良い。