日本人と日本文化

司馬遼太郎ドナルド・キーンの対談。両者の初対談。内容は濃いが読みやすい。司馬遼太郎が披露する歴史のエピソードを訂正できる外国人なんて、ドナルド・キーンぐらいのものではなかろうか(適当)。当人同士は初めてにもかかわらず古い知己と語りあっているかのような楽しい時間を共有できる。司馬作品とその歴史の見方に慣れている向きにはドナルド・キーンの一味違った切り込み方が新鮮に感じられる。

日本人のモラルというか宗教観について、以下それぞれ抜粋。

ドナルド・キーンによる日本人の宗教観)
日本人の生活からいうと、生まれたときに、生まれたことをまず神道の神々に告げ、そして結婚式も神道ですが、ふだんの生活は儒教で、死ぬときは仏教的な法事がおこなわれた。
(中略)
三つともまったく矛盾しあっているんです。日本人はその三つの宗教を同時に信じられるので、たいしたものだと思います。

司馬遼太郎による日本人の宗教観)
一つの神道的な空間というものが日本人にあって、その上に仏教がやってきたり、儒教がやってきたりするけれども、神道的な空間だけは揺るがないという感じじゃないでしょうか。

日本人の根底にはお天道様への信仰がある、と私は思っている。お天道様は神道的な神様と、ご先祖様と、世間の集合のようなイメージ。人によってはこれに仏教的な神様とかキリスト教的な神様を足すことになる。もちろんキリスト教的にはアウトなんでしょうけど、一般的な日本人はこんなところじゃないかな。
良いか悪いかは別にして、他人の神様でも敬い、敬ってるうちにちょっと信じてしまうのが日本人の信仰であって、その証拠に墓場では滅多なことはしないし、お守りや十字架を踏んづけることができる人もあまりいない。たぶん。そんなことするのは福沢諭吉ぐらい。