ゆきゆきて神軍

監督:原一男(1987 日)
出演:奥崎謙三
内容:旧・日本兵を追うドキュメンタリー
奥崎謙三はかつて所属していた陸軍の部隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、処刑に関与したとされる元隊員たちを尋ねて真相を追究する。当然ながら元隊員たちは容易に口を開かないが、奥崎は時に暴力をふるいながら証言を引き出し、ある元上官が処刑命令を下したと結論づける。
これだけで終れば戦争の悲惨さを描く衝撃的なドキュメンタリーとなるのだが、奥崎謙三は実はかなりアレな人で、戦時中には上官に暴力を振るい、復員船の中でも船長に暴行を働き、戦後になっては不動産屋を殺害して服役し、天皇陛下にパチンコ玉を撃って捕まり、天皇家アイコラを作って捕まり、という、おそらく平和な時代に生まれても何かしらで捕まっていそうな人なのである。映画は奥崎が元上官の息子を拳銃で撃って逮捕された、というところで終る。結局法治社会では生きられない人だったのだろう。
つまるところが戦争が生んだ悲劇ではあるが、奥崎が狂っていく姿を追うドキュメンタリーでもある。狂っていた時代を暴くのに狂人を使ったというところか。無理にオススメはしないが、いろんな意味で見ておくべき作品。
ちなみに奥崎謙三ファンサイトで、以下の話が興味深かったので転載。

手塚治虫氏は「ゆきゆきて神軍」の映画評をまとめた倒語社刊「群論ゆきゆきて神軍」で興味深い手記を書きつづっている。手塚氏の父親が主計少尉として赴任したフィリピンでの二年間の話しだ

「さあみんな集まれ。オレがどんなに苦労してきたか話して聞かせてやるから」

と言って、学校へ出かけようとした我々を並んで座らせた。それから長々とフィリピンでの逃避行の話が始まった。僕は正直の所、感動も同情もしなかった。白けてしまって、さっさと学校に行きたかった。親父の話がメリハリが無くて退屈だっただけでなく、親父が将校として部下にチヤホヤされて、結構ウマイ生活をしていたようだったからである。食糧なんかも部下に調達させて、いの一番に親父が好きなだけ食い、残りを部下が分けているようだった。
そんなところに僕は反発した。なんだ、内地の我々のひどい暮らしの方を、親父に聞かせたいくらいだ。だが、話が進むにつれて、フィリピンの山中の生活がかなりひどいものだったことがわかった。部下が逃げたり餓死したりして、どんどん減っていったらしい。山奥の現地人の村に迷い込んで、部隊は小休止した。ここから先はどうも書くことをはばかりたい。だが、やっぱり続けねばならない。部下が親父の所に来て、
「豚を調達して来ましたので召し上がりますか、隊長殿」
と言った。
「豚が村にいたのか」
「野豚であります。隊長殿にまず召し上がって頂きたいと思います」
あのときは、本当に久しぶりに腹一杯食ったなあ、と親父は言った。更に部隊はあてどもなく山を逃げ回った。再び小さな村があって、そこでも親父は部下に、
「また野豚の肉が、手に入りました」
と言われた。親父は喜んで食った。いつも、いの一番に親父が味わうのだった。どの村でも豚を食べたという。
「あの時も、腹一杯食ったなあ。豚だけはいざとなったら、部下の奴がうまく手に入れてくれよってなあ」
米が一日、二合一石配合という、最低の食料状態で生活していた我々にとって、豚肉の話は唾を飲み込みたいほどであった。だが、親父はもしかしたら極めて、恐ろしい話をしていたのかも知れない。自分は何も知らずに、今、そうでなかったことを祈りたい。本当の野豚であったことを祈りたい。