アルノ

店のお客さんにカイさんという人がいる。どうやって日々の糧を稼いでいるのかよくわからないけれどもなんだかお金を持っている人で、バンドのプロデューサーみたいなことをしたり、ボートの修理をしたり、自分で車を輸入したりしている。ボートのエンジン修理の講習で日本に行ったこともある。喋り方がもごもごしていて聞き取りづらいが、とにかくすごくよい人であることは間違いない。先にお客さんと書いたが、マーシャル人名義が必要なときに名前を借りたりもしているのでビジネスパートナーといっても良いかもしれない。
そのカイさんとアルノに行ってきたのが先週の話。説明すると長くなるが、アルノというのはマジュロから20キロほど離れた場所に浮かぶ、海も人もマジュロほど汚れていないと評判の環礁である。カイさんはそこに島を持っていて、最近になって我が社はそこに支店、というほどではなくて従業員を一人置いて商品を販売しているのである。できれば一度そこの様子を見にいきたいと思っていたところへ、カイさんが現在、我が社の依頼で某所に納める予定のボートの慣らし運転をしているということだったので、じゃあ慣らしついでにアルノに行こう、とこういう運びになった。
当日。11時にドックで待ち合わせだったが、カイさんが来ない。しばらく(約2時間)待っているとボートに乗って颯爽と現れた。海から来るとは思わなかった。
出発してすぐ、カイさんが「運転してみる?」と聞いてきた。いやいやいくら免許がいらないとはいえ(マーシャルでは船舶免許というものが存在しません)、命に関わるんじゃない?と思ったが話のタネに挑戦。やってみるとなんということはない、スピードの上げ下げとステアリングをくるくる回していればいいだけで、意外と簡単。しばらくはそのまま、すんすんす〜んと気楽に運転できた。しばらくすると今度は「もうすぐ橋くぐるぞー」とカイさん。この橋をくぐると湖のような内海から外海、つまり太平洋へ出られるのだが、いや外海とか無理だから、橋で転覆したとかよく聞くよ?と交代しようとしたが、もう橋が目の前だったのでやむなくそのまま突進。意外と簡単に、というよりただただそのまま通過した。通過したと同時に外海で、つまり波がすごい。車なら一度止めて様子を見たいところだがそういうわけにもいかず、すぐ最初の波に突っ込んだ。波に突っ込むとまずガーッと押し上げられてバーン!と船ごと叩きつけられる。なんというかノンストップの小さいジェットコースターに乗っている感じ。そして悪いことに私はジェットコースターが大嫌い。さらにこれは後でカイさんと交代してから気がついたのだが、船は波の上を少しすべるものらしく、波に叩きつけられる度に船の向きが少しずれるので、初めて操船する私としてはどうすればいいやらわからず、適当にステアリングをくるくると回してアルノと思われる方角(もちろん目視のみ)に進路をとるほかない。しばらく本当にこれでいいの?という疑問を抑えつつくるくると回していたら、ようやくカイさんが代わってくれた。
代わってもらって少し余裕が出たので辺りを見回すと、イルカが船の隣を泳いでいるのが見えた。野生のは初めて見たけども本当にぴょんぴょん跳ねながら泳ぐんですね。
さて代わってくれたのはいいけれどもそれで波が収まるはずはなく、むしろさらに波は高く荒くなっていく様子。水をかぶるのも一度や二度ではなく、私は船につかまっているだけで精一杯。小さい頃に初めてジェットコースターに乗ったときのことを思い出しながら小一時間頑張っていたらようやく波が穏やかになった。と同時にアルノ環礁に接近。どうやら少し遠回りして波の荒い場所を避けてくれた様子。

しばらく波の少ない島沿いに進んでいたら「もうすぐダイナマイト・パスだ」とカイさん。環礁はその名の通り環になっているので、船で中に入るにはその切れ目を選んで通らなければならない。切れ目はチャンネルと呼ばれ、ダイナマイト・パスは日本(政府?)がダイナマイトで珊瑚礁を吹っ飛ばして作ってくれた小さなチャンネルなんだそうだ。言われてみれば確かに島の切れ目だが、特に何も現れない。

どこがチャンネル?と聞いてみたら「アレだ」と指差す。何もない。どこ?と更に聞くと「あそこにパイプがあるだろ」。パイプ?と思ってよく見てみると確かに海中から長さ1m弱のパイプが突き出ていた。これが目印!?と驚きながらダイナマイト・パスを通過。これが本当に狭い水路で幅は2mもない。深さで色が異なるので狭さがよくわかる。
そして環礁内を横切り、ようやくカイさんの島に到着。島の沖で更に小さいボートに乗り換えて上陸。

島に上がってすぐのところに小屋があり、中にはなぜか食事の用意ができていて、うちの従業員が一人でハエを追っていた。どうやらカイさんが用意させたらしい。鶏の蒸し焼き、魚の丸焼き、シャコ貝のココナッツ煮、パンの実の蒸し焼き、ゆでた蟹等、うちの従業員なんかではなかなか食べられないぐらい豪華なローカルフードがずらりと並んでいた。そして「食べてくれ。」といいながら自分がもりもり食べるカイさん。お昼を食べたばかりなのであまり食べられない、と言うと「おれが日本に行った時おまえのお父さんにそう言ったがサボサボ(しゃぶしゃぶ)をたくさん食べさせられた」と言って鶏の足をむしりとって私のお皿に入れる。さらにゆでたカニをむいてこっちに差し出す。仕方がないので食べた。苦しかったけれどもどれも美味しかった。
食休みの後、仕事は適当に済ませて午後4時頃出発。帰りの船は行きとはうって変わって穏やかな海。運転は遠慮しておいたが、カイさんと喋る余裕もあったのでいろいろ聞いてみた。曰く「日本は最高だった」「特にご飯は毎回素晴らしかった」「でも本当は女の子がみんなかわいかったのでもう一度行きたい」「でも地震は怖い」らしい。ほかにもいろいろ話したが、船を操縦しながら「これ(船の操縦)がオレは大好きなんだ」と言う姿はなかなか印象的だった。その後「船のサーフィンを見せてやる」と息巻いて、やたらとステアリングをくるくると回して船を操っていた。余計なことしなくていい。
帰り道はその後も順調で、午後5時半頃ドックに帰港。なぜか従業員のトラックがお出迎え。店の前から環礁を横切って港に戻る私たちの乗る船が見えたらしい。マー人の視力恐るべし。
というわけで今回の離島行きは無事終了。今後もこの商売は続くのでまた行くこともあるかもしれないが、次回はもう少し大きな船で行きたい。