坊っちゃん

私が通っていた高校には課題図書という各期毎に読まなければいけない本があり、定期考査の折には読んだかどうかを確認する問題が出題されていた。課題となる本をどう決められていたのか知らないが、国語科教師たちは卒業までに夏目漱石の全作品を読ませようと考えていたらしく、私の高校生活は「吾輩は猫である」から「明暗」まで(別の人が書いた「続・明暗」てのもあった)、常に漱石作品を読まなければいけない状態にあった。
もっとも教師がそう考えたところで生徒が必ずしも大人しく読んでいたわけではなく、むしろ生徒の大半は生協で課題図書を買い揃えた時点で、もしくは数ページ読み始めた時点で満足してしまうのが常だった。それでもクラスの何人か優秀なのは毎度試験前にはきちんと読み終えていて、他の読み終える努力の足らなかった(もしくはその努力自体をしていない)連中を相手にジュース一本〜昼飯一食程度の報酬にあらすじを教えて稼いだりしていた。
課題図書というものは概ねそういうものであったわけだが、稀にすごく薄い本や性的描写が激しい(という噂のある)本があると大半の生徒が読んでしまうことがあって、当然そういう時はあらすじ報酬の相場も値下がりしてしまうわけだが、この「坊っちゃん」も相場を下落させた一冊だった。という話。
まくらが長くなったがそんな思い出のある「坊っちゃん」は学校を出たばかりの無鉄砲な江戸っ子主人公が四国の中学校に赴任し、生徒・同僚・上司と揉め事を起こし鉄拳制裁を加えた後、東京に戻る話。ただの勧善懲悪で終っていないのは主人公によってあだ名をつけられた個性的な登場人物や主人公・坊っちゃんの我が道を往く態の語り口によって面白おかしく語られることもあるが、江戸っ子である坊っちゃんが対する「地方」、という図はどことなくドン・キホーテを思わせる一面があるせいもあるように思える。「地方」と対するに坊っちゃんには清という従者しかいないのである。そのせいか坊っちゃんは清に対して従順で、清がなんでも「地方だから」と理屈をつけて片付けてしまうのを坊っちゃんが「清がそう言っていたから」と無条件に信じてしまうのはおかしかった。おかしいといえば学校での坊っちゃんの唯一の味方となる山嵐会津出身なので二人で旧幕勢力を形作っているのもおかしかった。この点では私も東京出身であるから身びいきしてしまうが地方の人にはどう感じられるのか気になるところ。
またその敵となる赤シャツ・野だいこだが彼らはインテリ層に属しており、実際に赴任した際の漱石も属する側である。一方の坊っちゃんも江戸っ子であることを筆頭に漱石との共通点を持っており、つまるところ赤シャツへの批判も坊っちゃんの人を笑わせる立ち居振る舞いも、結局は自虐的な笑いに終始していてなんというか本は薄いが中身は濃いぜ、というスタイルが好き。

坊っちゃん (岩波文庫)

坊っちゃん (岩波文庫)